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2018/07/03

あれも、これも、かな(以下略)。 の巻 その3

 引き続き、白糸台より。

白糸台4
 駅に隣接して、同線開業以来の車庫である「白糸台車両基地」がありますが、ちょうどこの日は、先ほどの黄色とグレーの前に西武の標準塗装だった、いわゆる「赤電」(ラズベリーレッド+トニーベージュ)のリバイバルカラー編成が停まっていました。

白糸台5
 2001年ごろに、旧101系の1編成がイベントのために赤電塗装になったことがあるそうですが、そもそもこの形式の登場によって黄色とグレーになったようなので、その時もリバイバル的な復刻塗装といえましょう。

白糸台6
 でも「旧」は、そもそも使われていた701系に近い形だったので、この形での「赤電」は余計に新鮮に映りますね。

白糸台7
 ちなみに、新101系では他にグループ企業である伊豆箱根鉄道の駿豆線で使われている1300系(元はその新101系)の塗装を施したものもあるようですが、この日はこちらにはいらっしゃられませんでした。

白糸台8
 もしかして、そっちが今は多摩湖線の方にいるのか。それとも…。

白糸台9
 多摩川線は、その名の通り多摩川の砂利を運搬する目的で「多摩鉄道」という会社によって開業しましたが、こちらは大正6(1917)年10月に境(現・武蔵境)から開通した時の終点で、「北多磨(きたたま)」として開業。しばらく続きましたが、平成13(2001)年3月に隣り(武蔵境方)の「多磨墓地前」駅が「多磨」と改称したことに伴い、それより南にあるこちらがそのままだと混乱を招く恐れがあることから、現在の所在地(府中市白糸台)にちなんで、現駅名に改称したそうです。

 確かに、「他社」ですがそちらは今も、

 「なんで『品川』の南にあるのに『北品川』なんだ!?」

 というご意見があるようですし…(笑)。

白糸台10
 駅の北側へ向かい、車両基地を望んでみました。
 
白糸台11
 赤電編成を逆エンドから。

白糸台12
 う~ん、どっちから見ても凛々しいお姿。

 しばらく周辺をぶらついてみます。乗ってきたやつの走ってるお姿もとらえてみたいですし。(つづく)
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コメント

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青春の地

学生時代の話ですが、この辺り(小柳町)に元学生寮のアパートがあって、そこに住んでた学友らのところがたまり場化してて…白糸台…白糸台…ああ、やっぱり北多磨だったか、と。

駅でいうと競艇場前が近かったのですが、学校が京王沿線だったこともあって学友らも、そして押しかける我々も武蔵野台駅から徒歩で向かってました。そして乗換駅はそもそも?という話になって北多磨がそうなんだけど…と。

ただ、時間はあっても金はなかった時代でしたから、皆んな歩いてました。懐かしいなぁ…超有名になったアイツ以外は今、皆んなどうしてるんだろう…なんて思いましたが、他の連中も同じことを思うことがあるかも知れません。

中林20系様

こんばんは。いつもありがとうございます。

あの辺りは普通の住宅地な印象がありましたが、確かにアパートとかも多かった気もするので、
学生さんも結構いらっしゃるでしょうけど、乗り換えは大変ですよね。

もし集まられるご機会があったら、そういうお話も出てくるでしょう。
「超有名になったアイツ」の方がどの世界で有名なのか、個人的に若干気になるところですが…あくまで独り言です(笑)。