2018/02/26

東京だヨお父つぁん。 の巻 その5

 さらに晴海通りを築地方向に進んで、

銀座四丁目1
 あの銀座四丁目(ぎんざよんちょうめ)の交差点へ。いわゆる「日産ギャラリー」がいつの間にやら立派になって、「NISSAN CROSSING」となっていました。都バスが思いっきりかぶってしまいましたが、半分はねらいました(笑)。

銀座四丁目3
 文房具の「鳩居堂(きゅうきょどう)」さんに、円筒形の三愛ビル。昔も今も「東京の一等地」なイメージがありますが、今は本当はどうなのか…。

銀座四丁目2
 三愛さんは、正式には「三愛ドリームセンター」というそうですが、知りませんでした…。

 余談ながら。

 その昔ここの中高層に三菱電機さんのショールームが入っていたことがあり(※今リコーさんになっている「頭」が)三菱のダイヤのマークだったことを覚えておいでの方も多いでしょう)、中学時代にはたびたびそこに入りびたって、ただでゲームさせてもらってました(苦笑)。懐かしい思い出です。

銀座四丁目4
 そして北西側には、いわゆる「銀座和光(ぎんざわこう)」。元々は「服部時計店(はっとりとけいてん)」として開店し、その後小売分門が独立したそうです。いわゆる「セイコー」さんのグループ(セイコーホールディングス)に属しており、このビルは昭和7(1932)年に「服部時計店ビル」として建てられたものです。

銀座四丁目5
 銀座のシンボルともいえるこの時計塔。ゴジラに壊されてしまったこともありましたね…。

銀座四丁目6
 でも今はちゃんと、こうして平和が保たれています(←いや、だから)。

銀座四丁目7
 現代は渋谷新宿池袋と、山の手側の方があれなんでしょうけど(?)、それでもここは何か「位」が違うというか、個人的には今も若干敷居の高い所ではありますね。

三原橋
 さらに晴海通りを東へ。三原橋(みはらばし)の交差点。

歌舞伎座1
 この界隈のランドマークは、やはりこちらの歌舞伎座(かぶきざ)さんでしょうね。親はどちらもですが芝居好きなので、改築前に何度か行っているようですが、私は一度も入ったことはありません。

 かなりな余談になりますが、特に親父はことのほか芝居全般が好きで、歌舞伎に限らず新派新劇ミュージカルと、何でも好んだようでした。なので、この辺や劇場の多い日比谷界隈は若い頃から行っていたようで、他は教えないとからっきしダメでしたが、銀座と日比谷は単独でも大丈夫だったようです(笑)。

 ただ、そんな親父も、かなり興味はあったみたいですが、いわゆる「宝塚」だけは生で見ることはできなかったそうです。

 いわゆる「SKD」(松竹歌劇団)は何度か国際劇場(※浅草の、今のビューホテルのあるところにありました)で見ているそうですし、前章の「有楽町マリオン」のところにかつてあった日劇とかも行っているのですが、東京宝塚劇場自体にはミュージカル「マイ・フェア・レディ」(昭和38年~39年。江利チエミさん主演!)をはじめ、何度かそっち系を観に行ってはいるものの(※チケットがいくつか遺っています)、宝塚歌劇団そのものは(生で観たことは)なかったようなんです。

 生前その理由を聞いてみたところ、

 「恥ずかしいから」 と言っていました。

 女性のファンが多い世界のようですから、かなり心理的に厳しかったらしいんですね。

 なので、「OH!タカラヅカ」(関西テレビ。こちらではフジでやっていた)とかのテレビ中継で済ませていたようです(笑)。

歌舞伎座2
 閑話休題、今の歌舞伎座。5年前に建て替えられ、背後の「歌舞伎座タワー」と一体化した形となりました。

歌舞伎座3
 伝統を現代に。これが今の形なのかもしれませんね…。(つづく)
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント