2018/02/11

続・スロースターターな押しまくり。 の巻 その3

下今市12
 次の鬼怒川温泉行きの普通までかなりあるので、周辺を散策しに行きたいと思います。

報徳二宮神社1
 その道中にあった、報徳二宮神社(ほうとくにのみやじんじゃ)

 いわゆる二宮尊徳公をお祀りしているお社で、神奈川県の小田原市や相模原市にも同名のものがあるようです。

報徳二宮神社2
 境内には狛犬ならぬ、「狛尊徳」さんが(←そうなのか?)。

報徳二宮神社3
 尊徳公は「日光御神領」の農村復興を手掛けている途中に亡くなられたそうで、その「終焉の地」としての縁から、当地にこの神社が創建されたそうです。

道の駅
 さらに行くと、道の駅が。正式には「道の駅日光 日光街道ニコニコ本陣」というそうですが、あの「某動画サイト」との関連性はまったくないようです(笑)。

 敷地内には商業施設の他に、去年亡くなられた我が栃木県出身(※塩谷郡船生(ふにゅう)村(現・塩谷町))の作曲家・船村徹(ふなむらとおる)氏の偉大なる足跡を紹介する、「日本のこころのうたミュージアム・船村徹記念館」もありました。

 見ていこうかなと思いましたが、意外と時間がないので見合わせてしまいました。いずれゆっくり…。

今市1
 さらに歩くと、JR日光線の今市(いまいち)駅が。

今市2
 一応かつての今市市(※今は日光市)の玄関口にあたることになりますが、思ったよりも地味な印象です。どちらかというと、下今市の方なんでしょうね…。

杉並木1
 先ほどの道の駅の南側には日光杉並木街道が。

追分地蔵尊
 分岐点と思しき地点には、その名も「追分地蔵尊(おいわけじぞうそん)」という祠もありました。

杉並木2
 何本もありますが、船村先生の「別れの一本杉」(春日八郎氏、昭和30(1955)年)を何となく口ずさむ私がいたりして…(笑)。

 やや余談ながら、この曲の作詞をされた、故・高野公男(たかのきみお)氏との出会いが先生の原点とも言えるようですが、その時に高野氏が、

 「俺が茨城弁で歌詞を書くから(※高野氏は現在の笠間市のご出身)、お前は栃木弁で曲を書け」

 とおっしゃったというエピソードが、個人的にはとても印象に残っています。いわゆる「ふるさと演歌」というか、まさに「日本のこころうた」の先駆者的な存在だったんですね。(つづく)
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