普通のおっさんが【ろこてつ】乗ってみた。(仮) の巻 その3

鰭ヶ崎6
 鰭ヶ崎からさらに進んでいきます。流山行きでやって来たのは「オレンジ色の憎い奴」こと(←言わん言わん)、「流星(りゅうせい)」

平和台1
 今回もひとつ前の平和台(へいわだい)で降りました。

平和台2
 市街地にあるせいか、降りる人も流山より多いような気がしました。

平和台3
 前回訪問時の報告でも述べましたが、昭和8(1933)年4月に「赤城(あかぎ)」として開業し、同40(1965)年6月に「赤城台」、さらに49(1974)年10月に現在の「平和台」に改称されました。「赤城」は近くにある「赤城神社」から、現名は平和不動産の開発した住宅地の名称にちなんでいるとか。

平和台4
 スロープの途中に流山市の名産品を展示したスペースがあり、その左には自販機が並んでいますが、実はかつては売店だったようで、平成19年に11月まで営業していたそうです。

平和台5
 駅前は商業地になっていて、スクランブル交差点もありました。

 今までは線路に沿って終点まで向かっていましたが、あまりにもったいないので、違ったアプローチを。

流山キッコーマン1
 流山といえば「味醂(みりん)」。それも「白みりん」の発祥だそうですが、その代表的なメーカーと言える、「流山キッコーマン」さん。「マンジョウ(万上)本みりん」でお馴染みですね。

万上線跡1
 少し先に行くと、かつて流山の駅からそのキッコーマンの工場まで通じていた、「万上線(まんじょうせん)」と呼ばれていた引き込み線の跡が残っていました。

万上線跡2
 万上線は「流山鉄道」時代の昭和4(1929)年3月に完成したもので、当時は「野田醤油」(キッコーマンの前社名)の流山工場だったようです。アルコールの原料であるサツマイモや石炭を運んだり、製品の出荷に使われていましたが、トラックによる輸送が増加したことにより、同44(1969)年11月に廃止となったそうです。

万上線跡3
 廃線後はその軌道式の跡がそのまま道路になったようなので、鉄道貨物輸送華やかなりし頃の面影を偲ぶことができます。

流山キッコーマン2
 最盛期はさぞかし賑やかだったことでしょうね。(つづく)
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千葉で赤城

緩やかなカーブがいかにも軌道敷跡っぽいですね。廃線跡めぐりの際なんて、あああこれこれこれ!この曲率だよと興奮するのも常ですし。

で、平和台といわれれば平和台球場とか太平洋クラブライオンズとか思い出してしまうのですが、一方で…ここが赤城の原点でしたか!
千葉なのに赤城…これが気になってたのですが、かつてここがそういうところだったのですね。

中林20系様

こんばんは。いつもありがとうございます。

分かる人には分かるような曲がり具合ですよね(笑)。
「普通の道じゃね?」とおっしゃる方も多々いるかもしれませんが、
初めから道として造られたのには不自然なんですよね。

平和台といえば、完全なる関東人&西武世代ですが、
その名は存じております。確か「クラウンライター」までそこだったようですね。

神社からきているみたいですが、でもやはり「群馬のあそこ」の神様なんでしょうかね。
こんなやつ。

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