2017/05/15

妻沼二景。 その2

 引き続き、妻沼展示館の元東武熊谷線キハ2000形2002号。

妻沼展示館8
 以前は内部が自由に見学できたそうですが、今は施錠されており展示館の事務室で許可をもらうことになっているようです。

妻沼展示館9
 せっかくなので入ろうかと思いましたが、今回も見合わせてしまいました…。

 前回はそもそも休館日だった気がします。今回は開いていたので中まで見てもよかったんですけど……。

妻沼展示館10
 その代わり、というのも変ですけど、撮れるだけ撮っておきます。

妻沼展示館12
 廃止時の塗装は、当時の標準色だった「セイジクリーム」の単色でしたが、その前は今8000系2編成でリバイバルされている「ロイヤルベージュ&インターナショナルオレンジ」のツートン、さらに前(登場時)は、ライトブルーとベージュのツートンだったそうです。

妻沼展示館11
 セイジクリームはその単調さが不評を買ってしまったのか、あまり人気がなかったと聞きますが、私の世代としてはこの色から物心がつき始めた頃なので、やはり思い入れのある懐かしい色ですね。

 車内の見学はしませんでしたが、展示館の内部だけでも見ておこうと中へ。常設展示として、熊谷線の歴史と名所の聖天山に関するパネル展示がありました。

 熊谷線のコーナーには、貴重な写真の他に制服や大幡駅の看板、さらには精巧なジオラマもあり、なかなか楽しめました。さらに、廃止時のヘッドマークや、当時販売されたメダルも展示されていましたが、
 
さよなら熊谷線
 実はそのメダルはなぜか持っていまして(笑)。というのも、どうしたことか母方の祖父が買ってくれていたのです。

 頼んだわけでもなく、そもそもこういうものが売られていること自体知ってはいませんでした。こっちがそういうものが好きなのはわかっていたようなのですが、当時はなかなか小遣いで賄える状態ではなかったのでとても嬉しかったし、今もその気持ちは変わりません。ありがたかったですね。

 もっとも、それで廃止の事実を知ったので、若干複雑な思いではありましたが…。

妻沼展示館13
 一応リアルタイムでは一度だけ、熊谷駅で見たことはあるのですが、高崎線側から頭が見えていたという覚えしかなく、その前後も秩父鉄道には乗っているものの、まともに目にした記憶はありません。まして当時はその秩父線でさえ私にとっては近くて遠い存在だったため、こうした展示は当時の状況を今に伝える、本当に貴重な存在だと思います。

 いつまでも、その生き証人として居られ続けていただきたいと切に願います。(つづく)
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コメント

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懐かしい

懐かしいですね。私が中学生の頃に廃止の情報を受け、一目散に熊谷目指しました。確か春先だったと思いますが、当時は全く季節感とか興味なく、今になって当時の写真をみて「ああ、春だったんだな」って思う自分ってなんだったんですかね。

http://4190koawazay.blog.fc2.com/blog-category-44.html

当時の写真をみて改めて、妻沼駅はちゃんと将来を見据えての空間が存在したんだなと思いました。当時は全くそんなことを考えず、ただ廃止などとの情報に敏感になり追跡していた毎日のような思い出ですが、変な話、1980年代当時、廃止というキーワードは「ブーム」だったんですね。

ダイヤモンド☆トナカイ様

こんばんは。コメントありがとうございます。

そういえば、乗ってらっしゃってたんですよね。
ご記事を拝見した記憶がありました。

廃止になった頃は小学4年生だったこともあってか、まだ一人でも、
また個人的な趣味でそこまで付き添ってもらう勇気もなかったので、
秩父鉄道でさえ、近所の人の講元による宝登山参りの折に、
退屈しのぎに皆野から秩父まで乗った程度でした。

熊谷も妻沼もどちらかというと車で行った方が便がいいので、
結局乗らずじまいで、鉄的には本当に「近くて遠いところ」でした。

今や妻沼駅の周辺もドラッグストアが建ち、その広い構内もほとんど面影がありませんが、
線路の跡だけは何となくそこにあったという痕跡が今もあります。

でも、確かに80年代は確かにおっしゃる通り、ブーム的な話題を呈していましたね。
「乗って残そう○○線」的なキーワードと共に、結局残らなかったところもありますが、
今思えば、それを半ば楽しんでいたようにも感じます。何とも不謹慎な話ですが…。