2017/08/31

「猫」と「むすめ」と「アルミの雄姿」と。 の巻 その6

西谷5
 引き続き、西谷より。9000系のリニューアル編成を後追いで狙いましたが、完全なるピンボケになってしまいました…。

西谷6
 国道16号(八王子街道)に近い側の北口。開業は先ほどの上星川と同日で、そこでも触れましたが当時は「都筑郡西谷村(つづきぐんにしやむら)」だったそうです。今は横浜市保土ヶ谷区西谷町となっています。

 ちなみに同郡は昭和14(1939)年4月1日に消滅していますが、平成6(1994)年11月6日に横浜市の港北区と緑区の一部が「都筑区(つづきく)」として分区され、範囲は狭いながらも実に55年ぶりに由緒ある地名が行政区域名として復活したということになったわけで、最初はどういう謂れがあるのかまったくわからなかったのですが、郡の名前だとは存じませんでした。

 今も住居表示やいわゆる「大合併」によって、由緒ある地名が失われるケースは後を絶ちませんが、このように逆に失われていたものが復活するというのは、一概には言えないとはいえ、いいことではあると思います(※あくまで個人の意見です)。

西谷7
 鶴ヶ峰方には東海道新幹線が通っています。ちょうど下りの列車が過ぎていきましたが、完全に押し遅れました…。

西谷8
 続いては、南口。昭和41年5月に橋上化されたそうですが、それまではこちら側にのみ木造の駅舎があったようです。

西谷9
 駅前はやや昭和な面影の残る雰囲気。

西谷10
 ふたたびホームへ。かつては待避線を持つ2面4線の構造でしたが、いわゆる「神奈川東部方面線」構想による「相鉄・JR直通線」の工事のため、今のところ2面2線になっています。同線完成の暁には、端の2線(1番線と4番線)が新線のホームになるそうです。

西谷11
 そうなると、うちの地元からのアクセスも横浜駅を通らずにここまで行けることになるでしょうから、相当便利になりそうですね。

西谷12
 やがて従来の9000系が通過。何の何行きだったのかは、完全に忘れました…。

西谷13
 向こう側は少なくとも横浜行きのみなので、それは間違いないのですが、各停だったか、それとも快速の通過なのか…。これまたはっきりしません。

西谷14
 続いては、星川で乗った「今むかしトレイン」が、特急横浜行きとなって通過していきました。これははっきりしてます(笑)。

 ここからどっちへ行こうか少し悩みましたが、今回はいずみ野線の方へ向かうことにしました。ちょうど直近で来たのが湘南台行きだったというのもありますが…。

二俣川
 そのいずみ野線の起点である、二俣川(ふたまたがわ)。地元では「ふたまた」と言ったりするそうです。ちょうど上りにいた横浜行きの快速が「そうにゃんトレイン」でした。

南万騎が原
 本線と別れ、いずみ野線へ。次の南万騎が原(みなみまきがはら)。その名は平安時代に「牧ヶ原」と呼ばれていた所に由来するそうですが、鎌倉時代に畠山重忠公が北条氏と戦った「二俣川の戦い」において、1万騎を越える北条氏の軍勢がそこで待機していたことから、今の字に当てられたといわれています。

 また、こちらは地元では「みなまき」と略されるような形で呼ばれているようで、実際に星川で中学生と思われるご一行様がおっしゃられていました。本だけでの知識では半信半疑だったのですが、実際に耳にしていよいよ確信に至りました(笑)。やはり「現場」ですね。(つづく)
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