2012/03/31

「18デビュー」の頃。

 早いもので、今年も4分の1を過ぎようとしています。年度末は何かとしんみりしがちですが、あえて初めての時のことをネタにしたいと思います。明日にすると嘘だと思われそうだし(苦笑)。

 私は三十路過ぎにして初めて「青春18きっぷ」で旅をしたという、超遅咲き&高齢デビューでございました。今から約8年前の2004年8月のことです。その時のものをいくつか。写真メインですが、回想的なネタにしたいので「旅ばなし」にいたします。

 基本行きあたりばったりな性格ですが、この時ばかりは綿密な計画を立てました。キーワードは4つ。

 「飯田線」「お伊勢さん」「加太(かぶと)越え」

 そして、「牛」

 なんのこっちゃって感じですが(笑)、わかる方にはお分かりかと…。

 まずは最初のキーワード関連。

小和田1
 乗っていきなり降りたのがここでした。「究極の秘境駅」といわれるひとつの、小和田(こわだ)

 周りに人家は1軒もなく、ダムがあるだけ。折しもあの関口知宏君が「最長片道切符の旅」をやっていた頃で、それに完全に触発されました(苦笑)。もっとも、この旅自体、それが大きなきっかけの一つではあったんですが…。放送された駅ノートの書き込みを生で見て、ついでに自分も書いてきました。何て書いたかは忘れましたが(笑)。

小和田2
 ご覧のとおりの何もなさ。でも、これがいいんです。たっぷりと癒されました。その気持ちを言葉ではこれ以上書けません。

 続きまして、第2のキーワード。

津。
 これは跨線橋にもある通り、津(つ)駅にてのものですが、わざわざふりがな振らんでも……じゃなくて(苦笑)、行先にご注目。いや、でも、振らないと格好付かないような気がしませんか何となく(笑)。

伊勢市
 伊勢市駅(参宮線)。駅としては、近鉄の宇治山田駅の重厚な本屋が有名ですが、JRでの最寄りはこちらだったので。いや、見てみたかったんだけど、さすがに土地勘0.00%だったので無茶できないと思いまして…。

 伊勢神宮は、この時は外宮(げくう)だけお参りしました。内宮もそのうち行かないと…。朝早くだったので、「おはらい町」も、「伊勢うどん」も叶いませんでした。ただ、「赤福」だけ買って帰りました(苦笑)。

 続いては、前後しますが、第4のキーワード関連。

松阪
 松阪(まつさか)駅(参宮線、名松(めいしょう)線)。要衝ともあって、津駅より立派な構えでした。

快速みえ
 同駅にて、快速「みえ」。ここから、始発の駅へ戻ることにしましたが、早いとはいえ、あまり意味ないので、普通に普通で戻りました。いえ、決して伊勢鉄道さんへの通行料がもったいないという理由ではございませんで(苦笑)。本当ですってば。

 え、牛はどうしたかって?ええ、もちろん食べました。駅弁でですが(元祖特撰牛肉弁当)。ただ残念ながら食うのに夢中で、撮り忘れてしまいました…。(それどころじゃございませんでした

 では戻って第3キーワード。要するにこのために「そこ」へ戻るので、(快速には)乗らなかったのです。ゆっくり戻るのもいいですし。名松線にも乗りたかったのですが、まだ経験ゼロだったので…。正直、移動だけで精一杯でした(苦笑)。

313系
 その「そこ」。亀山駅(関西本線、紀勢本線)。参宮線の列車もほとんどがここ始発です。外には出なかったので、駅舎の写真はございません(すいません…)。

 ここまでの経緯としては、最初の小和田から、豊橋~名古屋ときて、名古屋で一泊(といっても駅寝に近い)。翌日、関西線でまず一度ここへ出て、参宮線で伊勢市まで行きました。で、今度はさらに関西線を乗り進んでいくため、再びここへ来たわけです。

「レールバス」。
 で、乗ったのがこれ。「西日本のレールバス」こと(笑)、キハ120

 ここから加茂(京都府)までは今も非電化で、途中の加太~柘植(つげ)間は、1000分の25(25パーミル(‰)。1キロ進むごとに25m高くなっていく)の勾配の難所があり、そこを「加太越え」といいます。ここを体感してみたかったんです。

 いや、すごかったですよ。本当にゆるゆるでないと進まない感じで。ここと「生野越え」(播但線)は本当にすごかった。電化できないのもうなずけました。

 加茂までの途中、伊賀上野駅で、途中下車しました。上野市、現在は「伊賀市」です。忍者の里として有名ですが、日本一硬いといわれる、その名も「かたやき」というせんべいがあるそうで、確かに駅前で売っていた記憶はありますが、

 話のタネに、

 (歯を)数本犠牲にしても買って食っておけばよかったかな……と(←今嘘つくなっ)。

 散策後、加茂行きの待ち合わせの間に撮ったのがこちら。最後のおまけに。

近鉄伊賀線(当時)
 近鉄伊賀線(当時)。現在の「伊賀鉄道」です。この頃から、ほとんどが上野市行きで、伊賀神戸(いがかんべ)までの全線を走る列車はほとんどなかったです。そんなに需要がないんでしょうか。

 ……とまあ、大雑把に振り返ってみました。旅自体は2泊3日でしたが、正直、「よう戻れたなあ…」という、計画だけは綿密だったものの、ピンポイントなだけで、実際の行程は呆れるほど無計画なものでした(苦笑)。かなりな強硬手段で、とても連れ立ってはできないでしょうね…。よっぽど同類項な人なら別ですが(笑)。

 でも、これも高齢デビューの成せる業と、勝手に自分を納得させて、今日に至っております(苦笑)。久しぶりにこんな旅がしてみたいなあ…と、改めて思いもしました。
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