2017/01/15

四十路の18旅。(9) 越えるだけ越えてみた…のはいいけれど。 その5

越後湯沢7
 引き続き、越後湯沢より。結局、状況が状況なので、2時間のインターバルを待っているよりは、早めに戻った方がいいとの結論に達し、もったいないと言えばそうなのですが、新幹線で戻ることになりました。それでも1時間待ちでしたが、止むを得ません。

越後湯沢8
 14番線にはガーラ湯沢行きの「Maxたにがわ」が停まっていました。

越後湯沢9
 この区間は厳密には新幹線ではなく、「上越線の支線」ということになるそうですが、思えば引き込み線の有効利用とはいえ、スキー場までのひと区間で、使う車両が新幹線というのは、何ともゴージャスな支線ですよねえ…。

越後湯沢10
 標高365m。谷川連峰を抜けた先としてはそれが高いのか低いのかよくわかりませんが、思えばあの厚い壁をぶち破って通した上越線もすごいですが、さらに高層でぶち破った新幹線もなおすごい。

 
越後湯沢11
 語弊は承知の上で申しますが、あの「コンピューター付きブルドーザー」さんは、やはり偉大な方だったんですよ。駅そば大好き岸田君も歌っているように(笑)、あの人がいなかったら出来てなかったかもしれません。

高崎1
 そんなわけで、予定よりもやや早く高崎へ戻ってきました。

高崎2
 両毛線までは約30分待ち。その間、軽く東口へ。

高崎3
 こっち側もずいぶん変わっちゃったよなあ…。

高崎4
 小山行き入線の間、対岸の115系を。吾妻線の大前行きでした。

高崎5
 あそこもまだ、長野原草津口までしか行ってません(※自力では中之条まで)。ここまで行くことが果たしてあるのか…。

チーズ柿の種
 その後小山行きに乗り、なんとか無事に帰宅。せめてもの土産にと、あの「浪花屋」さんの柿の種を。こちらはチーズ味ですが、他にも「柿チョコ」なるものがあり、それも黒白はもちろん、いちごやカフェオレ、果ては「きなこ」といった変わり種もありました。そのうち「チ〇ルチョコ」みたいにもっとバリエーションが増えそうな…というか、増えてほしい(笑)。もっといろいろあってもいいんじゃないでしょうか。

 そんなわけで、往きの越後湯沢での一件により、「その1」の冒頭で述べた通り、今回の18きっぷはこれで打ち止めということになってしまいました。

 何とも勿体なくはありますが、その状態で無防備な行動を続けるわけにはいかないし、そこまでいくと「じじいの底力」どころか、単に醜態をさらすだけになっていたかもしれなかったので、これまた止むを得ません。この記事がUPされる頃には多少なりとも好い方向に向かって…いや、向けているようにしていく所存でいます。

 …そりゃもう誓いますっ!!悔しいですもんこのままじゃ。

 では、今回はここまでです。自分の不注意がもたらしたことでありながら、妙に感情的になってしまい、すいませんでした。そして、お粗末さまでした…。(おわり)
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2017/01/14

四十路の18旅。(9) 越えるだけ越えてみた…のはいいけれど。 その4

 六日町から、水上行きに乗りました。

 状況を考えるとこのまま戻ってしまってもよかったのですが、

 それではあまりにも切な過ぎます。

 応急処置のおかげでどうにか痛みが軽くなったので、

越後湯沢4
 越後湯沢で降りて、無理をしない範囲で時間をつぶすことにしました。せめて飯くらいこっちで食べたいですよ…。

 隣接する駅ビル「CoCoLo湯沢」のうち、改札外のコンコースは「がんぎどおり」と呼ばれ、昭和初期のこの辺りに見られた雁木造りの家屋をモチーフにしたフロアになっています。

天地豊作1
 様々な飲食店が軒を連ねていましたが、朝をまともに食べていないのでご飯ものにしようと、こちらの「天地豊作(てんちほうさく)」さんというお店にしました。

 米どころ魚沼のコシヒカリをメインにした定食や、麺類など、豊富なメニューで迷いましたが、

天地豊作2
 お品書きに目をやった瞬間に気になった、「にいがた和牛入りハンバーグ御飯」にしました。それの「丼」というのもありましたが、ご飯の「大盛可」の三文字に完全に釣られました(苦笑)。

天地豊作3
 いわゆる「魚沼産コシヒカリ」。見た目に鈍感な私でも、「ゴールドブレンド」になりました(←わかります?)。

天地豊作4
 和牛入りのハンバーグ。ブランド牛というと、お隣群馬の「上州牛」が相当に幅を利かせていますが、正直どこの牛ちゃんでも、丹精込めて育てられたものは一様においしいんですよね。宣伝云々というだけで。

 越後国魚沼ごはん 天地豊作
 新潟県南魚沼郡湯沢町湯沢2427-1
 CoCoLo湯沢 がんぎどおり2F
 営業時間:(夏)11:00~19:30(ラストオーダー19:00)(冬)11:00~20:00(ラストオーダー19:30)

 満たされて気が大きくなったのか、それとも半ばやけ気味だったのか、今となってはわかりませんが(←言いたくないだけです)、

ぽんしゅ館1
 少し入れたくなりました。「越後のお酒ミュージアム ぽんしゅ館」の利き酒ブース「越乃室」へ。今は新潟駅の中にもあるそうです(サイトはこちら)。

ぽんしゅ館2
 新潟県内の93の酒蔵の代表銘柄が勢ぞろい。500円(→コイン5枚)で利き酒ができますが、中には2枚以上のものも。甘口辛口すぱ口渋口(←後半2つは違うだろ)、濃厚淡麗何でもござれ。さすがは酒どころですなあ…。

越後湯沢5
 さほど酔ってはいませんが、覚まし半分で外へ。こちらは東口。最初の写真は西口です。

越後湯沢6
 やって来たのは、南越後観光バス。越後交通系のバス会社で、「観光」とついていますが、路線バスも運行しています。(つづく)
2017/01/13

四十路の18旅。(9) 越えるだけ越えてみた…のはいいけれど。 その3

 土合を過ぎた後は、しばらく暗い中をひた走ります。あの「国境の長いトンネル」は、現在上り専用の清水トンネルですが、それより5㎞近く長いわけですから、このご時世でも下りで行くといかに遠いかを実感します。

上越線車窓3
 そしてついに、その暗闇を打ち破り、新潟県へと入ってまいりました。在来線では初の国境越えです。右手にかすかに見えるのが、清水トンネル。

上越線車窓4
 トンネルを抜けて少しすると、新潟県最初の駅、土樽(つちたる)に到着。
 
 さらにカーブを抜け、右手に松川ループを見ながらさらに進むと、

上越線車窓5
 左手にはいかにも「白銀のリゾート地」的な情景が広がってきました。

上越線車窓6
 次の越後中里(えちごなかざと)。駅のすぐ裏手が湯沢中里スキー場で、旧客(スハ43系)が休憩施設として使われていました。

 さらに岩原(いわっぱら)スキー場前を過ぎると、

越後湯沢1
 上越新幹線の停車駅でもある、越後湯沢(えちごゆざわ)に到着。当初はここでゆっくりして、次の水上行きで引き返すつもりでしたが、それには早過ぎるような気もするし、親も同意見だったので、六日町くらいまで行き、そこからここに戻って昼を食べて、2時間待ちにはなりますが、一応駅ビルもあるのでゆっくりしていってもいいかな、ということに落ち着いたのです。

越後湯沢2
 ここで8分ほど停まっていましたが、思えばそれが悲劇の始まりでした。

越後湯沢3
 在来線では初新潟ということもあって、図に乗って端から端へ撮りに行っていたら、発車の時刻が迫っていました。

 先の写真は上り方向。水上からずっと先頭に乗っていてここまで来てしまったので、いつになく慌ててしまい、急に振り向きざまに走り出したその時、右足に激痛が走り、思うように走れなくなってしまいました。

 何とか引きずりながらも最後尾から乗りましたが、どうもアキレス腱の辺りが痛くて仕方がない。

 おそらく、この時点で軽いダメージを受けてしまったのかもしれません。

六日町1
 予定通り六日町(むいかまち)に着いてはみたものの、階段を下りるたびに痛む始末。ここまで親には黙っていたのでした。

 いざ周りを見てみると、雪が残っているわ道は滑りそうだわで、どうにも落ち着かず、ついにカムアウト。見るに見かねた親が、近くに薬局はないか聞いてきてくれたところ、近くのショッピングセンターの中にあるとのこと。

 何とかそこへ行って、応急処置をしていただきました。その時の店員さんのご丁寧な対応に、思わず涙腺が緩みそうになりました。その節は本当にありがとうございました。

六日町2
 とはいうものの、この状態では体も心もここに在らず。ちょうど来たほくほく線の車両を収めるにとどまりました。

六日町3
 赤い帯の「ゆめぞら」

六日町4
 それだけ撮って上越線へ。時間的に水上行きが来るところでした。(つづく)
2017/01/12

四十路の18旅。(9) 越えるだけ越えてみた…のはいいけれど。 その2

新前橋6
 では、水上行きに乗り換えて、いざ上越線へ。

上越線車窓1
 去年関東では早々と11月に初雪&初積雪という、しばらくぶりの荒れっぷりとなりましたが、それ以降は降ることもなく、むしろ例年にない暖かさという、それもそれで荒れてたと言えますが、谷川連峰は見事に真っ白。

 ただ、ここも一昨年は逆に雪が少なかったわけですし、何かこう、全体的に異常気象的なところはあるのかもしれませんね…。

水上1
 ともあれ列車は無事、水上(みなかみ)に到着。

水上2
 今年2度目のE129系に乗り換えます。

水上3
 115系との取り合わせもいつまで見られるか…。

 それも気にはなりますが、

水上4
 水上以北の激減には毎度ながら切なくなります。ましてひと昔前までは新潟(駅)まで行ってたものもあったことを思うと…。

 ともあれ、長岡行きの発車。やはり「あの駅」目当てのお客がそれなりに多かったですが、まだこの時期に訪れる勇気ができません。いや、大昔に何度か行ってるんですけどね…。

上越線車窓2
 湯檜曽付近。この直後に新清水トンネルに入りました。

土合
 その、「あの駅」。今回は高みの見物ですいません。

国境越え
 むしろここを越えていくことが、今の私には重要だったのですっ!!!(←大げさな)。

 ……結果はともかく(←若干笑えんぞ)。(つづく)
2017/01/11

四十路の18旅。(9) 越えるだけ越えてみた…のはいいけれど。 その1

 今年の18きっぷの旅第2弾…というよりは、今回はいろいろあってこれで打ち止めになってしまいました。

 その辺は追々説明していきますが、前回の無理が祟ったのか、それとも突発的だったのか、今となっては知る由もありません…(泣)。

 本音を言えばあまり振り返りたくはないのですが、「極力包み隠さず」を隠れモットー(?)としている以上、正直にお伝えしていきたいと思います。

地元1
 先月18日。ふと、夏に行ったところの「その先」を、この機会に行ってみようと思い立ち、両毛線の二番で発つことにしました。実は決めた時には単独で行くつもりだったのですが、ひょんなことから親同伴となりました。この辺が好し悪しではあったのですが、最終的な結果を考えたら、いてくれてありがたかったと思わざるを得ません。

地元2
 今、駅の発車メロディに使われている歌を歌ってらっしゃる方のお言葉。今まで具体的な証拠を取り上げていなかったので、今更ながら。

 それにしても、本当に今もお変わりなく。その当時、本気で「珠里亜」(※当時のファンクラブ。「ジュリア」と読みます。今もこの名前は踏襲されていますが、漢字ではないようです(※「デジタルジュリア」))に入ろうかと思っていたこともありました(笑)。

地元3
 時間的に下りと交換になります。

地元4
 高崎行きの到着。

LOVE駅そば
 この時期、高崎・長野・新潟の3支社の合同企画として、「スキです。駅そばキャンペーン」というのを展開していたようで、一部を除く対象の店舗では、イメージキャラクター的な、「くるり」の岸田繁氏による「そばを食べれば」というオリジナルソングがBGMとして流れていたそうです。サイトでも一部が聴くことできたようですが、現時点ではキャンペーン終了なので、試聴はできなくなっています。

 リンクした動画はインストバージョンですが、本来は歌入りのようです。そのタイトルからすると、「誰かとコラボした曲」っぽい感じですが(笑)、書き下ろしのようですね。

新前橋1
 そんなこんなで、最初の乗り換え先である新前橋(しんまえばし)へ。

新前橋2
 前橋市は詩人・萩原朔太郎(はぎわらさくたろう)の出身地として知られていますが、駅前に碑があること、また、この駅を詠んだ詩があるというのは初めて知りました。

新前橋3
 それからこんなコラボがあることも。最強過ぎだろそりゃww

新前橋4
 先ほどの詩碑にも、あの写真ではかなりわかりづらいですが、元々は両毛線の途中駅、及びこれから乗る上越線(当時は「上越南線」)の起点として開業したのが始まりでした(1921(大正10)年7月1日)。

新前橋5
 隣接する、高崎車両センター。今回側線にはジョイフルトレインの「華(はな)」が停まっていました。(つづく)