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2019/01/18

お「まっど」さんでしたっ。 の巻 その6

 と、いうことで、

松戸14
 せっかくここまで出たのだから、やはり久しぶりに乗っていきます。新京成線へ。

松戸15
 停まっていたのは8800形による京成津田沼行きと、

松戸16
 N800形による京成千葉線直通の千葉中央行き。こちらが先発だったので乗車。

新京成名物
 新京成といえば、車内の鏡。関東では相鉄にもありますが、どちらかというと中京圏や関西の方が一般的のようです。

 乗った段階では、さすがに千葉線までとは言わないまでも、線内でもう少し先まで行ってもいいかなとも思っていたのですが、

 時間的に意外と無茶のできにくい状況だったので、このまま松戸市に留まることにしましたが、

 かと言って似たようなパターンも芸がないと思い、

五香1
 しばらく行ってなかった、こちらの五香(ごこう)で下車。

五香2
 この時点では「何となく」です(苦笑)。

五香3
 まずは出たことのなかった東口へ。若干地味ですが、落ち着いた雰囲気でいい感じ。

五香4
 そして西口は立派な駅ビルを構えた堂々たるお姿。

五香5
 新京成さんは、そのほとんどに駅ビルがあるようで、場所によって規模には多少の差があるものの、非常に都会的な様相を呈しています。

五香6
 特にこちらは乗換駅以外でもっとも乗降客が多いそうで、確かにその賑やかさからもうなずけるような気もしましたね。(つづく)
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2019/01/17

お「まっど」さんでしたっ。 の巻 その5

 引き続き、松戸駅西口より。

松戸5
 デッキ下のバスのりばは京成バスのオンパレード。

松戸6
 路線バスは東武バスセントラルも3系統乗り入れているようですが、ほとんどが京成さんのようで、しかも「松04」系統は東武と京成の共同運行だとか。

 その後、駅前をふらついたのちにふたたび駅へ戻ってみると、

松戸7
 いかにも松戸らしい行先のバスが(笑)。あるんですねえ。

松戸8
 お次は東口。

松戸10
 新京成に近い側です。

松戸9
 西口と比べるとややごっちゃりした印象。バスのりばは左手の先にある「プラーレ松戸」というショッピングセンターの前にあるらしく、松戸新京成バスの独壇場のようです。

松戸11
 デッキ上もかなりひしめいている感がありますが、

松戸12
 そのまま先の「プラーレ」まで繋がっているようなので、多少の余裕はあるようです。

松戸13
 個人的にはこういうごちゃっとした街並みも嫌いではなかったりします。(つづく)
2019/01/16

お「まっど」さんでしたっ。 の巻 その4

馬橋9
 馬橋の駅へ戻ってきました。

馬橋10
 さらに進んでいきたいと思います。

馬橋11
 北松戸方にはいつぞやと同じように「金太郎」さん(EH500)の牽く貨物列車が待機していました。

馬橋12
 そして流鉄のホームには「あかぎ」が。

馬橋13
 ではこちらは常磐線の各駅停車へ。やって来たのは向ヶ丘遊園行き。

 最初のうちはそこまでは考えていませんでしたが、こうなったらある程度松戸市に浸かってみようと思い始め(笑)、

松戸1
 玄関口の松戸(まつど)で降りることに。

松戸2
 それにしても、何となく中途半端に思えなくもないですが、割に頻繁に通っているようです。去年の改正からできたんでしょうか。

松戸3
 改札を抜けて、まずは西口へ。

松戸4
 ペデストリアンデッキには、クリスマス関連のイベントの告知がありました。(つづく)
2019/01/15

お「まっど」さんでしたっ。 の巻 その3

馬橋1
 少し歩いて、馬橋(まばし)の駅に到着。西口に出ました。

馬橋2
 前の写真にあるのは「馬橋ステーションモール」という駅ビルで、平成23(2011)年5月にできたそうです。

馬橋3
 ここへ出たのには、前回行きそびれた名所を2ヶ所ほど見ていこうということもありました。ということで、その最寄りになる東口へ。

萬満寺1
 まずはこちらの萬満寺(まんまんじ)

萬満寺2
 臨済宗大徳寺派のお寺で、山号は法王山。ご本尊は阿弥陀如来ですが、鎌倉時代の作という金剛力士(仁王)像で知られ、国の重要文化財に指定されているそうです。

萬満寺3
 山門の先の仁王門にあるわけですが、撮りそびれてしまいました…。

馬橋4
 そしてもう1ヶ所が、地名の由来となった「馬橋」という橋。

馬橋5
 あっさり向かっているように仕向けてますが、実は大分見つけるのに難儀しました。

馬橋6
 こちらは旧水戸街道に当たるようで、今の国道6号に沿って流れる「長津川」に架かっていますが、その昔は大雨のたびに流されていたそうで、ある時先ほどの萬満寺の前身である「大日寺」の開祖であった忍性(にんしょう)(良観)が、馬の鞍の形をした橋を架けるように命じ、その通りに架けたところ、以来橋は流されなくなり、人々はいつしかその橋を「馬橋」呼ぶようになった…とのこと(参考:松戸市HP「馬橋地域の歴史」)。

馬橋7
 実に興味深い謂れです。

馬橋8
 知らないと何気なく通り過ぎるだけに終わってしまいそうな、(今は)地味な橋ではありますが、深い歴史があるんですね。(つづく)
2019/01/14

お「まっど」さんでしたっ。 の巻 その2

馬橋支線1
 ということで、前章は代名詞ばっかで済ませてしまいましたが、流鉄流山線の幸谷(こうや)から、起点の馬橋(まばし)までをあえて歩いて行くことに。流鉄の向こうに走るのは、武蔵野線の貨物支線の一つである、通称「馬橋支線」

馬橋支線2
 旅客営業路線の南流山から、常磐線の馬橋までを結んでいます。

新坂川1
 流鉄の方は、小金城趾の辺りから馬橋までこちらの新坂川(しんさかがわ)に沿って進んでいきますが、幸谷から馬橋にかけては遊歩道も整備されており、川沿いには桜並木もあります。

新坂川2
 土手にたたずむ「平和の象徴」のみなさん。

新坂川3
 新坂川はその名の通り「坂川」の支流として昭和8(1933)年から12(1937)年にかけて掘られたそうで、その際、こちらを用水として、本流の方を排水として機能させているそうです。

 また、桜並木は同30(1955)年頃に植樹され、当初は範囲も広かったそうですが、現在はこの周辺の部分が残されているのみのようです。

流鉄1
 しばらくすると、前章最後の、幸谷で見た「あかぎ」による馬橋行きが、流山行きとなって折り返してきました。

松戸市の証拠(笑)
 この辺りのマンホールは「矢切の渡し」がデザインされたものになっていましたが、なるほど、ここは松戸市です(笑)。

馬橋付近
 ただ、ここからはかなり遠いでしょうけど……広いんですよねここは。
 
流鉄2
 その後、小金城趾で交換してきた馬橋行きが。もう1編成は「流星」でした。

流鉄3
 編成ごとに色が違うのは、例えば他に上電さんとかもそうですが、あちらは元・京王井の頭線の3000系なのでお顔だけ。こちらは全身ですから余計にインパクトありますね。(つづく)